本記事では、マリアヴァン解析における重要概念である「マリアヴァン微分」「スコロホッド積分」の定義を簡単に述べる。
また、両者の随伴性(双対性)に関する命題を紹介する。
本記事は下記書籍の内容を参考にしており、本記事で省いた証明の詳細も載っているため、合わせて参照してほしい。
マリアヴァン解析はウィーナー過程(ブラウン運動)が作る空間における微積分学であり、ウィーナー過程の汎関数に対する微分作用素=マリアヴァン微分が基礎的な概念である。
マリアヴァン解析の概略、応用分野、参考文献等については、下記記事に詳しく述べられている。
【マリアヴァン解析】概要、応用、おすすめテキスト、そしてマリアヴァン解析に自信ニキ
\( H=L^2\left( \mathbb{R}_+\right)\)とおき、任意の\(h\in H \)に対して、ウィーナー積分
\[ \begin{split}
B(h)=\int_0^\infty h(t)dB_t
\end{split} \]を考える。
\( H\)はヒルベルト空間になっており、マリアヴァン微分を定義するのに重要な役割を果たす。
集合\( \mathscr{S}\)として、以下のような形をした確率変数\( F\)の集合を考える。
\[ \begin{split}
F=f\left( B(h_1),\cdots,B(h_n)\right)
\end{split} \]ただし\( f\)は\(\mathbb{R}^n \)上で無限回微分可能で、その偏微分係数とともにたかだか多項式増大であるものであり、また\( h_i\in H\)である。
\( F\in\mathscr{S}\)であるとき、\( F\)の微分\( DF\)を
\[ \begin{split}
D_tF=\sum_{i=i}^n\frac{\partial f }{ \partial x_i}\left( B(h_1),\cdots,B(h_n)\right)h_i(t)
\end{split} \]で定義する。このときは、\( DF\)は\( H-\)値確率変数となる。
マリアヴァン微分作用素\( D_t\)は、微分作用素
\[ \begin{split}
\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}
\end{split} \]と考えるとイメージが湧きやすい。
実際、1次元の場合に形式な計算をしてみると、
\[ \begin{split}
\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}F&=\frac{ d}{ d\left( dB(t)\right)}f\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\\
&=f'\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\\
&=f'\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\\
&~~~~\times\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}\left( h(0)dB_0+h(\Delta t)dB_{\Delta t}+\cdots+h(t)dB_t+\cdots\right)\\
&=f'\left( B(h)\right)h(t)
\end{split} \]となり、マリアヴァン微分の定義と一致する。
マリアヴァン微分の定義から、確率変数の積\( FG\)に対して、そのマリアヴァン微分は以下のように計算される。
\[ \begin{split}
D_t(FG)=FD_tG+GD_tF
\end{split} \]
滑らかな確率過程\( u=\left( u_t\right)_{t\geq0}\)で
\[ \begin{split}
u_t=\sum_{j=1}^nF_jh_j(t)~~~\left( F_j\in\mathscr{S},h_j\in H\right)
\end{split} \]であるようなものの集合を\( \mathscr{S}_H\)と表す。
定義(スコロホッド積分、発散作用素)
\( u\in\mathscr{S}_H\)に対して、\( u\)の発散\( \delta(u)\)を
\[ \begin{split}
\delta(u)=\sum_{j=1}^nF_jB(h_j)-\sum_{j=1}^n\langle DF_j,h_j\rangle_H
\end{split} \]と定義する。ただし\( \langle DF,h\rangle_H\)は\( DF\)と\( h\)の内積で、
\[ \begin{split}
\langle DF,h\rangle_H=\int_0^\infty D_tFh(t)dt
\end{split} \]である。
なぜ発散作用素が、スコロホッド「積分」と呼ばれているのかを説明しよう。
\( F=1\)のとき、
\[ \begin{split}
\delta(u)=\sum_{j=1}^nB(h_j)=\sum_{j=1}^n\int_0^\infty h_i(t)dB_t
\end{split} \]となり、これはウィーナー「積分」の和となる。
したがって、発散作用素はウィーナー積分の一般化とみなすことができるため、スコロホッド「積分」と呼ばれているのである。
命題(随伴性、双対性)
\( F\in\mathscr{S}\)と\( u\in\mathscr{S}_H\)に対して
\[ \begin{split}
E\left( F\delta(u)\right)=E\left( \langle DF,u\rangle_H\right)
\end{split} \]が成り立つ。
証明
簡単に1次元の場合を考える。
\( u\in\mathscr{S}_H\)を一つとり
\[ \begin{split}
u=Gh
\end{split} \]と表す。このときスコロホッド積分の定義より
\[ \begin{split}
\delta(u)=GB(h)-\langle DG,h\rangle_H
\end{split} \]である。
次の補題を用意する。
補題
\[ \begin{split}
E\left( G\langle DF,h\rangle_H\right)=E\left( -F\langle DG,h\rangle_H+FGB(h)\right)
\end{split} \]
補題の証明は、\( E\left( \langle DF,h\rangle_H\right)=E\left( FB(h)\right)\)を示し、\( F\)を\( FG\)で置き換えれば得られる。この等式は部分積分の公式と、正規分布の密度関数\( p\)に関する\( \left( \partial p/\partial x=-x p\right)\)という関係を用いて得られる。
この補題を用いると、
\[ \begin{split}
E\left( \langle DF,u\rangle_H\right)&=E\left( \langle DF,Gh\rangle_H\right)\\
&=E\left( G\langle DF,h\rangle_H\right)\\
&=E\left( -F\langle DG,h\rangle_H+FGB(h)\right)\\
&=E\left( F\left(GB(h)-\langle DG,h\rangle_H \right)\right)\\
&=E\left( F\delta(u)\right)
\end{split} \]となり、マリアヴァン微分とスコロホッド積分が随伴(双対)の関係にあることがわかる。
本記事では随伴性(adjointness)と双対性(duality)を特に区別なく使っているが、一般に双対のほうが「対」を意味する広い概念であり、随伴(随伴作用素)はヒルベルト空間上で定義される内積に関する概念である。
参考文献[1]ではマリアヴァン微分とスコロホッド積分の随伴性を「duality relationship(双対関係)」と呼ぶ箇所がある(p.88)。
[2]Peter K. Friz "An Introduction to Malliavin Calculus"" link(pdf)
また、両者の随伴性(双対性)に関する命題を紹介する。
本記事は下記書籍の内容を参考にしており、本記事で省いた証明の詳細も載っているため、合わせて参照してほしい。
目次
- マリアヴァン解析とはなにか
- 設定
- マリアヴァン微分(Malliavin derivative、微分作用素)
- スコロホッド積分(Skorohod integral、発散作用素)
- マリアヴァン微分とスコロホッド積分の随伴性(双対性)
- 参考文献
マリアヴァン解析とはなにか
マリアヴァン解析とは、Paul Malliavinによって創始された確率解析・関数解析の一分野である。マリアヴァン解析はウィーナー過程(ブラウン運動)が作る空間における微積分学であり、ウィーナー過程の汎関数に対する微分作用素=マリアヴァン微分が基礎的な概念である。
マリアヴァン解析の概略、応用分野、参考文献等については、下記記事に詳しく述べられている。
【マリアヴァン解析】概要、応用、おすすめテキスト、そしてマリアヴァン解析に自信ニキ
設定
\( B=(B_t)_{t\geq0}\)を確率空間\( \left( \Omega,\mathscr{F},P\right)\)上のブラウン運動とし、\( \mathscr{F}\)は\( B\)から生成される\( \sigma-\)集合族とする。\( H=L^2\left( \mathbb{R}_+\right)\)とおき、任意の\(h\in H \)に対して、ウィーナー積分
\[ \begin{split}
B(h)=\int_0^\infty h(t)dB_t
\end{split} \]を考える。
\( H\)はヒルベルト空間になっており、マリアヴァン微分を定義するのに重要な役割を果たす。
集合\( \mathscr{S}\)として、以下のような形をした確率変数\( F\)の集合を考える。
\[ \begin{split}
F=f\left( B(h_1),\cdots,B(h_n)\right)
\end{split} \]ただし\( f\)は\(\mathbb{R}^n \)上で無限回微分可能で、その偏微分係数とともにたかだか多項式増大であるものであり、また\( h_i\in H\)である。
マリアヴァン微分(Malliavin derivative、微分作用素)
定義(マリアヴァン微分、微分作用素)\( F\in\mathscr{S}\)であるとき、\( F\)の微分\( DF\)を
\[ \begin{split}
D_tF=\sum_{i=i}^n\frac{\partial f }{ \partial x_i}\left( B(h_1),\cdots,B(h_n)\right)h_i(t)
\end{split} \]で定義する。このときは、\( DF\)は\( H-\)値確率変数となる。
マリアヴァン微分作用素\( D_t\)は、微分作用素
\[ \begin{split}
\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}
\end{split} \]と考えるとイメージが湧きやすい。
実際、1次元の場合に形式な計算をしてみると、
\[ \begin{split}
\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}F&=\frac{ d}{ d\left( dB(t)\right)}f\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\\
&=f'\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\\
&=f'\left( \int_0^\infty h(t)dB_t\right)\\
&~~~~\times\frac{ d}{ d\left( dB_t\right)}\left( h(0)dB_0+h(\Delta t)dB_{\Delta t}+\cdots+h(t)dB_t+\cdots\right)\\
&=f'\left( B(h)\right)h(t)
\end{split} \]となり、マリアヴァン微分の定義と一致する。
マリアヴァン微分の定義から、確率変数の積\( FG\)に対して、そのマリアヴァン微分は以下のように計算される。
\[ \begin{split}
D_t(FG)=FD_tG+GD_tF
\end{split} \]
また、\( F\)がウィーナー汎関数(確率積分)を含まない関数であるときには、定義より
\[ \begin{split}
D_tF=0
\end{split} \]となる。スコロホッド積分(Skorohod integral、発散作用素)
次にスコロホッド積分(発散作用素)を導入しよう。滑らかな確率過程\( u=\left( u_t\right)_{t\geq0}\)で
\[ \begin{split}
u_t=\sum_{j=1}^nF_jh_j(t)~~~\left( F_j\in\mathscr{S},h_j\in H\right)
\end{split} \]であるようなものの集合を\( \mathscr{S}_H\)と表す。
定義(スコロホッド積分、発散作用素)
\( u\in\mathscr{S}_H\)に対して、\( u\)の発散\( \delta(u)\)を
\[ \begin{split}
\delta(u)=\sum_{j=1}^nF_jB(h_j)-\sum_{j=1}^n\langle DF_j,h_j\rangle_H
\end{split} \]と定義する。ただし\( \langle DF,h\rangle_H\)は\( DF\)と\( h\)の内積で、
\[ \begin{split}
\langle DF,h\rangle_H=\int_0^\infty D_tFh(t)dt
\end{split} \]である。
なぜ発散作用素が、スコロホッド「積分」と呼ばれているのかを説明しよう。
\( F=1\)のとき、
\[ \begin{split}
\delta(u)=\sum_{j=1}^nB(h_j)=\sum_{j=1}^n\int_0^\infty h_i(t)dB_t
\end{split} \]となり、これはウィーナー「積分」の和となる。
したがって、発散作用素はウィーナー積分の一般化とみなすことができるため、スコロホッド「積分」と呼ばれているのである。
マリアヴァン微分とスコロホッド積分の随伴性(双対性)
発散作用素は微分作用素の随伴であり、次の命題が成り立つ。命題(随伴性、双対性)
\( F\in\mathscr{S}\)と\( u\in\mathscr{S}_H\)に対して
\[ \begin{split}
E\left( F\delta(u)\right)=E\left( \langle DF,u\rangle_H\right)
\end{split} \]が成り立つ。
証明
簡単に1次元の場合を考える。
\( u\in\mathscr{S}_H\)を一つとり
\[ \begin{split}
u=Gh
\end{split} \]と表す。このときスコロホッド積分の定義より
\[ \begin{split}
\delta(u)=GB(h)-\langle DG,h\rangle_H
\end{split} \]である。
次の補題を用意する。
補題
\[ \begin{split}
E\left( G\langle DF,h\rangle_H\right)=E\left( -F\langle DG,h\rangle_H+FGB(h)\right)
\end{split} \]
補題の証明は、\( E\left( \langle DF,h\rangle_H\right)=E\left( FB(h)\right)\)を示し、\( F\)を\( FG\)で置き換えれば得られる。この等式は部分積分の公式と、正規分布の密度関数\( p\)に関する\( \left( \partial p/\partial x=-x p\right)\)という関係を用いて得られる。
この補題を用いると、
\[ \begin{split}
E\left( \langle DF,u\rangle_H\right)&=E\left( \langle DF,Gh\rangle_H\right)\\
&=E\left( G\langle DF,h\rangle_H\right)\\
&=E\left( -F\langle DG,h\rangle_H+FGB(h)\right)\\
&=E\left( F\left(GB(h)-\langle DG,h\rangle_H \right)\right)\\
&=E\left( F\delta(u)\right)
\end{split} \]となり、マリアヴァン微分とスコロホッド積分が随伴(双対)の関係にあることがわかる。
本記事では随伴性(adjointness)と双対性(duality)を特に区別なく使っているが、一般に双対のほうが「対」を意味する広い概念であり、随伴(随伴作用素)はヒルベルト空間上で定義される内積に関する概念である。
参考文献[1]ではマリアヴァン微分とスコロホッド積分の随伴性を「duality relationship(双対関係)」と呼ぶ箇所がある(p.88)。
参考文献
[1]Nualart "Introduction to Malliavin Calculus" Amazon link[2]Peter K. Friz "An Introduction to Malliavin Calculus"" link(pdf)
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